ザッカンの雑感

映画を見て、契約読んで、クリームパンを食べて、今を生きてます。

【映画】「友だちのうちはどこ?」

アッパス・キアロスタミ監督の「友だちのうちはどこ?」(原題:خانه دوست کجاست ؟、英題:Where is the Friend's Home?)のご紹介です。

【あらすじ】
小学生のネマツァデはノートを忘れて3回目。先生から怒られ、次忘れたら退学だ、と言われてしまいます。先生がそう言った当日、家に帰ったアハマドプール(ネマツァデの隣に座っていた友人)はネマツァデのノートを持って帰ってしまったことに気付きます。子供にとっては友人の人生の岐路ともいうべき一大事です。事情を母に伝えようとしますが、事の重大さを全く理解してくれない母。アハマドプールは住んでいる地区しか分からないネマツァデの家にノートを届けることを決心します……。

【雑感】
日常の大事件
親にとっては些細なことでも子どもにとっては大事件、それが実は当たり前の日常だったりするわけです。本作はこの全くの日常をありのままに表現しており、忘れてしまった子供心を思い出しました。日常を表現する各キャストの自然な演技も秀逸です。冒頭だけでも、ノートを忘れて怒られたネマツァデの泣く様子、ネマツァデのノートを持ってきてしまったことに気付くアハマドプール、アハマドプールの説得に応じずひたすら洗濯をして宿題をせよと説く母親、全ての日常が自然に映されています。

鉄のドアと木のドア
この作品には2人の相対する人物が登場します。鉄のドア職人と木のドア職人です。鉄のドア職人は命令をして、アハマドプールが持つノート(=大事なもの)の1枚を奪います。木のドア職人は命令をせず、アハマドプールが言うことを聞かなくても怒らず、ノート(=大事なもの)に花を添えます。鉄は規則の例えであり、木は規則によらない人間関係(?)の例えではないかと思わせました。鉄(=規則)を重んじることが大事なのかという問いかけ、批判ではないかと思いました。
また、鉄は一生壊れないとの触れ込みがされますが、木のドアもガタつくとはいえ数十年壊れることはありません。このように、鉄と木は壊れないものと壊れるものの対比を表しています。壊れないものが大切なのか、壊れることがダメなことなのかを表現していると感じました。それもあってか、味のある優しい木のドア職人の靴下は穴が空いてボロボロですが、歩けないわけではありません。木のドアがガタついて風の勢いで開いてしまうシーンがありますが、ドアの向こうには、洗濯物を取り込む優しい母の姿を見ることができます。

【終わりに】
色々な見方ができる映画で味わい深かったです。もう一度見たらまた発見がありそうなので、時間を置いてまた拝見したいと思います。

以上読んでいただきありがとうございました。

友だちのうちはどこ?(字幕版)

友だちのうちはどこ?(字幕版)

  • ババク・アハマッドプール
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