映画雑感

見て楽しんで、知って楽しむ。

【映画】「裏窓」

アルフレッド・ヒッチコック監督の「裏窓」(原題:Rear Window, 1954)のご紹介です

【あらすじ】
L・B・ジェフリーズ(ジェームズ・スチュアート)は安アパートで独り暮らしをしている。彼は事故で全治7週間の左足骨折を負い、毎日家の中で過ごしていた。彼に会いに来るのは看護師のステラ(セルマ・リッター)と恋人リザ(グレース・ケリー)だが、彼女らと話す以外はすることもないので、裏窓からアパートの各部屋を覗き見るのが趣味になっていた。骨折が治るまであと1週間を残したある日、仲が悪い夫婦の夫ソーワルド(レイモンド・バー)が深夜に何度も外出しては部屋に戻るを繰り返すという不自然な行動をとっているのを偶然覗き見てしまう。しかもその日から彼の妻を見かけない。事件が起きているのではないか、と更に覗き調査を続けるが……。

【雑感】
思わず覗き見てしまう人間の心理
この映画はすごい見入ってしまいました。私は道を歩くときに、道に面した窓のカーテンが開いていると、歩きながらなぜかちょっと覗き見てしまう悪い癖があるんです。見たいと思っていなくても、ふと目が向いてしまう。好奇心からきているのか、程度は違えど、私以外にも見てしまう方はいるんじゃないでしょうか。
この映画は終始主人公の部屋から「覗き見る」視点で映されますので、そういう悪い癖がある方は思わず見入ってしまうと思います。人間の心理を巧みに利用したストーリーと撮影手法にまんまと乗せられてしまいました。

生き方の断面図
アパート住民を並べると、見事に多種多様な生き方を反映していたことが分かります。当時の生き方の断面図といえます(現在と変わらないこともわかります。)。それぞれにドラマがあり、それを覗き見る面白さ(私たち観客は主人公の生活も覗き見る面白さ)があります。

  • 子供もいる幸せな家族
  • 仲睦まじい新婚夫婦
  • 子供がおらず犬を飼う中年夫婦
  • 多くの男性に囲まれる若い女性のバレエダンサー
  • 男性との付き合いが不器用な独り身の中年女性
  • 仕事の出来に納得がいかない独身の男性作曲家*1
  • 創作活動に勤しみながら日々を楽しむ独身の中年女性
  • 妻がガミガミうるさい中年夫婦(事件の発端)
  • 恋人から結婚を考えて欲しいと言われる中年の男性カメラマン(主人公)

【終わりに】
これは文句無しで面白すぎます。ヒッチコック作品は全部見ていませんが、面白いものばかりで本当にすごい。他のものも見てまたご紹介します。

以上読んでいただきありがとうございました。

 

*1:作曲家の後ろで時計のネジを回す謎のおじさんとしてヒッチコックカメオ出演しています。

【映画】「暗殺者の家」

アルフレッド・ヒッチコック監督の「暗殺者の家」(原題:The Man Who Knew Too Much, 1934)のご紹介です

【あらすじ】
ボブ(レスリー・バンクス)・ジル(エドナ・ベスト)夫妻とその子供のベティ(ノヴァ・ビルビーム)はスイス旅行に行きます。妻ジルはクレイ射撃大会に参加し、レヴィン(フランク・ヴォスパー)という射撃選手に敗れ準優勝。その後、家族ぐるみで仲の良いルイス(ピエール・フレネー)と妻がダンスパーティーでダンスを楽しむ中、突然ルイスが胸を銃で撃たれてしまいます。
ルイスが死に際に残した言葉を辿ると今度は子供のベティを誘拐され事件にどんどんと巻き込まれてしまい……。

【雑感】(ネタバレあり)
犯人は予測しやすい
クレイ射撃大会があった日に狙撃されますので、そりゃ犯人はクレイ射撃の関係者だろうと予測がつきます。クレイ射撃の描写がなければ犯人は無名の暗殺者で良いわけで、身近に犯人がいるというサスペンスを表現しているのかな?(悩み)

窓を指差す指の美しさ
冒頭でルイスが銃撃された時の窓を映す場面がありました。この場面で野次馬が穴の空いた窓を四方八方から指を指すのですが、よく見ると上側の指がおかしな角度であることが分かります(この差し方をすると腕と手首が不自然な形になる)。1本だと野次馬が集まっている感を出せない。上側を除くと絵として汚い。放射線状に広がる指を映すことで犯行現場を美しく見せることができています。
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銃撃戦
本作で秘密組織と警察らとの銃撃戦があります。この銃撃戦は1911年のSidney Street Siegeとして知られるロシアのアナーキストと警察の銃撃戦をモデルにしており、当時チャーチルが作戦指揮をとったそうです。
映画の銃撃戦の最初に警察官らが無防備で突っ込んでいき数人倒れるシーンがありました。その後、地元の鍛冶屋からライフルを緊急で調達して銃撃戦に挑むことになるのですが、実は彼らイギリスの警察官は銃を所持していなかった時代なのです。ヒッチコックと当時イギリスの検閲とで一悶着があったらしく、検閲側は銃を所持しないままロクに機能しないことは警察の汚点になるので避けたいが、銃を所持させたくもない言い分。ヒッチコックが解決案を聞いてみると放水を提案したとのことでした。結局地元の鍛冶屋からのライフル調達で検閲側も了承したとのことですが、規制面で色々と制約があった作品であることが窺えます。*1

マチュアが作った作品
1stは才能のあるアマチュアが作ったもので、2ndはプロが作ったものというヒッチコックの発言があってwikiでも引用されておりました。以下のようにトリュフォーによるヒッチコックインタビューで発言されたものですが、駄作と思っているかというとそうでもないと思います。

Let‘s say that the first version is the work of a talented amateur and the second was made by a professional.

Francois Truffaut, "Hitchcock" Faber & Faber (2017) P.94

文脈的には「1作目と2作目はコンサートホールでの違いはあれど、そう変わりはないだろう?」というヒッチコックの問いかけに対して、トリュフォーが熱を持って2作目がすごいんだと語ったので、"Let's say"(「まあそういうなら」的なニュアンス)と頭につけて発言した場面でした。2作目の方が素晴らしいとは思いますが、1作目の評価を低くするかというとそうでもないと思います。

【終わりに】
本作はリメイク版がありますので、それと比較すると面白いと思います。
ちなみに本作の冒頭はスイスを、リメイク版はマラケシュを舞台にしておりますが、スイスにしていたのはヒッチコックのハネムーン先だからだそうです。*2

以上読んでいただきありがとうございました。

 

 

*1:Francois Truffaut, "Hitchcock" Faber & Faber (2017) P.89-90

*2:*1 P.90

【映画】「フルメタル・ジャケット」

スタンリー・キューブリック監督の「フルメタル・ジャケット」(原題:Full Metal Jacket, 1987)のご紹介です。

あらすじ

舞台はベトナム戦争時のアメリカとベトナム。海兵隊の訓練プログラムに参加したジョーカー(マシュー・モディーン)やレナード(ヴィンセント・ドノフリオ)らは、ハートマン教官(R・リー・アーメイ)から罵倒を浴びせられながら地獄の訓練生活を味わいます。
レナードは不器用でジョーカーから手助けを受けながら訓練の日をつなぎます。それでも余りある不器用さで連帯責任により他の訓練生から恨みを買い始めますが、ある出来事をきっかけに黙々と訓練に打ち込み優秀な兵士として完成しかけます。
しかし、訓練が終わりかけた頃に……。

解説

製作費

フルメタル・ジャケットは16 milドルの制作費がかかったとされています。制作に2年ほどかかっており、その当時1985年のレートを考えると38億円ぐらいかかっています。このコストについていくつかご紹介します。

撮影地の選定

映画はベトナム戦争を描いているにも関わらず、実際の撮影はベトナムではなく、主にイギリスで行われました。スタンリー・キューブリック監督は飛行機が苦手であったため、外国での撮影を避け、自宅に近いイギリスでの撮影を選んだとされています。イギリスのいくつかの場所がベトナムの戦場として再現されましたが、この決定は、遠隔地での撮影に比べてコスト削減につながった可能性があります。

セットの建設

キューブリックは非常に詳細にこだわる監督であり、映画のセットを完璧に再現するためにはかなりの予算が割り当てられました。例えば、撮影に使用されたガス工場は、ベトナムの都市風景を再現するために大幅に改造されました。これは、制作費の大部分を占めた可能性があります。

長期間にわたる撮影

映画の制作は非常に時間がかかり、撮影期間は約2年に及びました。キューブリックの完璧主義的なアプローチと、彼が望むショットを得るまでの繰り返しの撮影は、予算の増加に寄与したと考えられます。

キューブリックのこだわり

キューブリックは細部にこだわることで知られており、特に照明や撮影のアングルについては時間をかけていました。このような細かな作業は、予算と時間の両方を要求するものでした。

総じて、映画「フルメタル・ジャケット」の制作費は、キューブリックの独特な制作スタイルと完璧主義に大きく影響されていたと言えます。しかし、具体的な数字や秘話は一般にはあまり知られていないため、制作費に関する詳細な情報は公開されている限られた情報に基づいています。

ハートマン軍曹

フルメタル・ジャケットにおいて、ハートマン軍曹を演じたR・リー・アーメイは、実生活で元海兵隊教官という経験を持っていました。彼の演技は、映画の前半部分で特に際立っています。映画で見せる彼の悪態や罵詈雑言は、観客にとって人生で最も長く、そして最も汚い言葉を聞く時間となります。ですが、彼の口からスラスラと飛び出す汚い言葉は、その流暢さからある種心地よいとさえも感じられます。アーメイが実際の教官として培った罵倒スキルは並外れたもので、その演技は演技を超えたものを感じさせました。

この点について、スタンリー・キューブリック監督自身もアーメイの教官としての演技力を高く評価しており、「天才」と述べています*1。キューブリックはアーメイの演技によって、映画がそのリアリズムと強烈な印象を持つことができたと感じていたようです。アーメイの存在なくして「フルメタル・ジャケット」は完成しなかったと思います。彼の実体験に基づく演技は、映画において不可欠な要素で、私も(誰しもが)深く印象に残りました。アーメイのハートマン軍曹は、映画史における最も記憶に残るキャラクターの一つといえると思います。

人間の二面性

ジョーカーは後半、"Born to kill."と書かれた帽子を被りながら平和を表すバッジを付けています。これをある上官から指摘され、以下のように回答します。

I think I was trying to suggest something about the duality of man, sir. The duality of man, the Jungian things, sir.

ジョーカーの回答に上官が理解できないという笑える点は置いて、殺すために生まれながら平和を望むという人間の二面性という一つのテーマが登場します。映画全体としてそれが一つのテーマではないかなあと解釈しました。
例えば、訓練プログラムでレナードが豹変します。単純ですが、これも二面性の表れです。
輸送ヘリで狂ったようにベトナム人に向かって機銃を撃ちまくる兵士も、普段は控えている人間の残虐性が露わになった場面でしょう。
また、女性はいずれも名前がなく3回ほどしか登場しませんが、2人は娼婦(セックス)という生の象徴として、1人は兵士という死の象徴として、女性という一つのカテゴリの中で二面性を表現しています。
ミッキーマウスマーチを歌うところもまさしくそれですね。ミッキーマウスマーチってすごい平和的な印象ありますよね。戦争と真逆な概念を置いているわけです。ついでに、アメリカの戦争に対する楽観的な態度に対する皮肉も込められています。
他にも一般人からすると狂った言動をする兵士が登場しますが、戦争によって人間の二面性が飛び出してしまったことを表現しているのではと思いました。
監督も以下のように言及しています。*2

I think it tries to give a sense of the war and the people, and how it affected them.

同監督の「地獄の黙示録」でも同じような趣旨を感じました。

 

終わりに

戦争映画はあまり見ていて心地良いものではないですが、戦争の現実を戦争を知らない人が理解する上で(知らないのに理解と言うのも滑稽ですが)本作の戦争に影響を受ける人々のリアルな心理描写が有用だと思います。

以上読んでいただきありがとうございました。

 

フルメタル・ジャケット (字幕版)

 

【映画】「七人の侍」

黒澤明監督の「七人の侍」(1954年)のご紹介です。

【あらすじ】
米が実る時期に村を襲う野武士の計画を偶然百姓の村人が聞いてしまいます。村人らで話し合った結果、米で侍を雇って野武士と戦うことにしました。数人を町に向かわせ探し始めますが、そう簡単にはいきません。侍が百姓に雇われるのは侍にとっては恥なのです。稗で食いつなぎながら探し続け10日ほど経ってから、町で立て篭もりの強盗事件が起きます。その強盗事件解決を買って出た侍は突然髪を剃り始め…。

【雑感】
野武士と合戦をする条件に加えて侍が百姓に雇われるのは侍の恥というのが侍の常識。そんな中で雇い集めるのは大変ということは現代人にとって想像し難いので、時代背景を理解してなるほどなあと。

「侍は百姓から強奪する。強奪されるから意地汚くなる。意地汚くなるから侍から嫌悪される。嫌悪される百姓を侍は助けない。今度は野武士が百姓から強奪する。百姓は意地汚いから助けたくない。」というループで百姓はどう生きればよいのだと七人の侍の一人菊千代(三船敏郎)が残りの侍に激怒するシーン。百姓の行き場の苦しさが心に直接響いて苦しくなります。

その菊千代を演じる三船敏郎の演技力が凄すぎて俳優が演じているものということを忘れてしまいました。日本語ネイティブだからこそ三船敏郎の演技を直接感じ取れる。日本語ネイティブであることに感謝です。

演技力というと、騎乗する野武士らを百姓が竹槍で襲い、馬が逃げ惑い、野武士がどんどん落馬するというシーンがノンフィクションドキュメンタリーか?と思えるほどリアルに感じます。あんなに落馬して危険そうですが、一部トリックを使って落馬しているように見せているようです。当然ですが違和感は全くありません。

youtu.be

【終わりに】
邦画にあまり興味が無く三船敏郎の演技を見たことなかったのですが、こりゃもったいない。見ておかなきゃ損ですね。

以上、黒澤明監督「七人の侍」のご紹介でした。

 

 

【映画】「タクシードライバー」

マーティン・スコセッシ監督の「タクシードライバー」(原題:Taxi Driver, 1976)のご紹介です。

【あらすじ】
海兵隊員でベトナム戦争から名誉除隊したと称するトラヴィス・ピックル(ロバート・デニーロ)はタクシードライバーとして勤務を始めます。大統領候補の事務所に勤めらベツィー(シビル・シェパード)に一目惚れするトラヴィス。ベツィーからは一見紳士的でまともな男性に見えますが…。

【雑感】
ラヴィスという人間
ラヴィスについてブレストすると以下のように:

  • 不眠症 
  • 黒人蔑視(睨み付ける場面や黒人へは躊躇がなく行動を起こす)
  • 虚言・見栄張り(親への手紙が特に顕著)
  • 成功欲求(タクシードライバーの先輩に相談)
  • 正義感が強い(娼婦の少女アイリス(ジョディ・フォスター)を助け出そうと目論む)
  • 用意周到
  • 行動力がある
  • 銃の扱いが上手い
  • ポルノ映画を迷い無くデートで観るセンス

こうして見ると、ベトナム戦争帰りで精神を患う若干ズレてしまった男の事件前後の話に思えます。不眠症なので妄想劇なのかもしれません。

鏡との会話

You talking to me?

このセリフが名言として有名らしいです。鏡に向かってホルスターの銃をいつでも出せる準備をしながら、いつか起きる事態の予行演習をしている状況で発言されます。日本の子供がエアガンでやると温かい目で見守りたいのですが、ロバート・デニーロの演技力もあり狂気的に思えます。

【終わりに】
音楽と雰囲気がよく、「タクシードライバー」という世界が自分を包むような感覚がします。なんかいいです。